皇位継承問題の議論を広く国民に委ねることに関する質問主意書

令和7年6月17日提出
質問第306号

皇位継承問題の議論を広く国民に委ねることに関する質問主意書

提出者  たがや 亮

皇位継承問題の議論を広く国民に委ねることに関する質問主意書

 衆参両院の正副議長が国会内の各会派に呼びかけられ、昨年5月より断続的に開催された「天皇の退位等に関する皇室典範特例法案に対する附帯決議に基づく政府における検討結果の報告を受けた立法府の対応に関する全体会議」(以下、「全体会議」とする)は、そもそも「悠仁親王殿下までの皇位継承順位をゆるがせにしない」「女性皇族の婚姻後の皇籍維持」「皇統に属する男系男子の養子縁組の受入れ」を「皇族数確保のため」に進める方向で、意見のとりまとめが図られようとしたが、今国会ではその見通しがなくなった。
 これは、婚姻後に皇籍に残る女性皇族の配偶者及び子の身分について、自民党などが「一般国民のままとする」という主張をしているのに対し、立憲民主党が「皇族とすべき」との意見を出したことについて、自民党最高顧問の麻生太郎氏、立憲民主党代表の野田佳彦氏との間ですり合わせができず、これに基づいて衆参両院の正副議長で行うとした「とりまとめ案」の作成も不可能となったからである。
 しかし、そもそも「全体会議」でれいわ新選組からの出席者が主張したように、天皇の地位及び皇室の在り方は憲法第1条の定めである国民の総意に基づく国民統合の象徴という観点から見るなら、国会の各会派代表が正式の議場で意見を交わすものでもない協議の場で結論に接近するのではなく、広く国民の意見を集めて検討していくべきものである。
 そうした点で、本来、皇室典範特例法案に対する附帯決議では、「安定的な皇位継承を確保するための諸課題、女性宮家の創設等について(中略)検討を行い、その結果を、速やかに国会に報告する」ことを政府に求めていたにもかかわらず、有識者会議では「皇族数の確保」を検討し直接的に安定的な皇位継承につながる課題については触れることがなかったことも問題である。そして、この間の有識者会議で取り上げられなかった皇位継承の在り方について、5月15日付読売新聞が「女系・女性天皇の容認」という2005年11月の皇位継承に関する有識者会議報告書が提起した策の検討などを改めて提起したのは、その間隙を埋めるものとして注目すべき動きである。
 昨年4月に共同通信が発表した世論調査結果では、「女性天皇の容認に賛成」が九十%、「女系天皇の容認に賛成」が八十四%、「旧宮家男子の皇籍復帰に反対」が七十四%と示されており、この度「全体会議」で協議され「とりまとめ」が図られた内容とはあまりにかけ離れている。これは、皇室典範特例法案に対する附帯決議に基づき検討したとされる有識者会議報告が、こうした世論動向を一顧だにせず、皇位継承安定の議論を避け、検討を「皇族数の確保」という筋違いのテーマにすり替えたものであったことにも起因している。
 これでは、政府が附帯決議によって義務付けられた課題を立法府に対して果たしたとは言えない。「全体会議」で立法府の意見の「とりまとめ」ができなかったことは、そもそも政府がやるべきことを避けたことにも原因がある。結果として、非公式協議とはいえ、立法府としての検討を行った「全体会議」の議論内容は、先にあげた共同通信世論調査に示されたような国民の意識動向とは、全くかけ離れたものとなってしまったとも言える。
 以上を踏まえて質問する。

一 憲法第1条にあるような国民の総意に基づく国民統合の象徴としての天皇の皇位継承の在り方については、国民の幅広い議論に委ねる努力をすべきである。政府としては、改めてその世論動向を把握するとともに、広く国民が安定的な皇位継承の在り方についての議論に参加できるようにし、その上に立って立法府とも議論を進めていくべきと考える。このために政府はどのような方策をとるべきと考えるか。
二 「全体会議」で我が党が表明したとおり、有識者会議報告が文言に盛り込んだ「悠仁親王殿下までの皇位継承順位はゆるがせにしない」ということについては、国民的議論に基づいた再検討が必要と考える。
 これは、2005年11月の有識者会議報告書で提起され、いまや世論調査では圧倒的多数の国民が支持する皇位継承安定の在り方としての「女系・女性天皇の容認」を先送りするもので、そうした点で議論を縛るものであり、不適切と考えるが、政府の見解を示されたい。
三 婚姻後の女性皇族の配偶者・子の身分について「全体会議」で意見が分かれたことについては、有識者会議報告書が「配偶者・子は皇族の身分を有しない」としていることにも起因する。そして、これは婚姻後に皇籍に残った女性皇族が、公務負担を実質自分だけで負うことを意味するとともに、配偶者が一般市民にとどまることで家計など生活面、さらには参政権の行使や事業の展開などで「皇室利用」につながってしまうことなど問題が多いとの指摘がある。これをどう考えるのか。
四 有識者会議報告書が提起した「皇族数確保」のために「皇統に属する男系男子の養子受入れ」及び「全体会議」で議論され、一部の会派が支持しながら「とりまとめ」に盛り込もうとした「旧十一宮家の男系男子を養子に迎え入れる」という点については、内閣法制局と衆参両院法制局との間で、「憲法第14条に抵触するか否か」について意見が分かれた。実際、現在は一般国民である旧宮家から男系男子を選んで皇室に養子で迎え入れることは、同条項が定めた「身分、門地による差別の禁止」「法の下での平等」に反することは明らかだと考えるが、政府においてはどう考えるか。
五 いずれにしろ、皇位継承の安定については国民の目が届きにくい政府の有識者会議で議論し、さらにそれを立法府の正式の議場ではない「全体会議」という非公式協議の場で「静ひつに議論する」というのでは、本当の意味での目的の達成には至れない。5月15日付読売新聞記事で提起されたように、象徴天皇制とは国民の支持なくしては成立しないものであり、国民を代表する国会議員が基本に戻って政府の提案などを議論しそれを国民に見せていくというプロセスなくして皇位継承の真の安定につながる皇室典範改正などは実現できないと考える。
 その点で、「全体会議」が意見の「とりまとめ」のベースにしようとしたこの度の有識者会議報告書は、肝心の皇位継承問題を避けるなど、方策として採用するにも問題があり、政府は今一度、議論を差し戻してやり直し、立法府に対する提案をすべきだと考える。また、2005年11月有識者報告書で提案された「女系・女性天皇の容認」などについても、改めて議論の俎上にのせるべきと考えるが、どうか。

 右質問する。

皇位継承資格を女子・女系に拡大することの意義に関する質問主意書

令和7年8月1日提出
質問第15号

皇位継承資格を女子・女系に拡大することの意義に関する質問主意書

提出者  たがや 亮

皇位継承資格を女子・女系に拡大することの意義に関する質問主意書

 本年6月17日に私が提出した「皇位継承問題の議論を広く国民に委ねることに関する質問主意書」に対し、同月二17日に石破茂内閣が閣議決定した政府の答弁書では、令和3年12月22日に取りまとめられた「天皇の退位等に関する皇室典範特例法案に対する附帯決議」に関する有識者会議の報告について、「政府としては、有識者会議の報告を尊重している」との見解が何度も示されていた。
 概して、内閣総理大臣が特定の問題について諮問して検討を求める有識者会議については、提出された報告についてこれを尊重し政府の方針の基本的な土台とされることが通例のようである。
 一方で、皇位継承の安定については、既に1990年代から懸念されそのあり方について検討が始まっていたとされ、皇族数が減少傾向となり特に女子皇族の数が圧倒的多数になってきた上、社会的な少子化をも反映して皇位継承者が極端に減少する事態について、小泉純一郎氏が総理大臣の時に諮問した皇室典範に関する有識者会議は、平成17年11月24日に報告書を取りまとめた。
 そこでは「基本的な視点」として、「象徴天皇にふさわしい継承制度の在り方につき、①国民の理解と支持を得られるものであること、②伝統を踏まえたものであること、③制度として安定したものであること」を挙げている。
 そして、「安定的で望ましい皇位継承のための方策」として、「1 皇位継承資格 ○女子・女系への拡大は、社会の変化の中で象徴天皇制を安定的に維持する上で、大きな意義 ○女性天皇・女性皇族の配偶者確保には、適切な環境整備が必要」「2 皇位継承順位 ○「長子優先」又は「兄弟姉妹間男子優先」が適当 ○その中では、幼少の頃から、将来の天皇として国民が期待を込めて成長を見守ることができるような安定性という意味で、出生順に順位が決まる長子優先が適当」「3 皇族の範囲 ○継承資格の拡大に伴い、女子が婚姻後も皇族にとどまることが必要 ○皇位継承資格者の存在を安定的に確保するため、世数限定とせず、永世皇族制を前提とし、皇籍離脱制度の弾力的運用により規模を調整することが適当」とされている。
 本年5月15日付で読売新聞が発表した「皇統の存続を最優先に 憲法の「世襲」大原則」と題した読売新聞社提言の一連の内容は、基本的に前記平成17年11月24日の有識者会議報告とほぼ一致するもので、既に20年経った報告がいまだ議論の基本的課題を提起したものであることを伺わせる。そして、一連の報道の後、5月19日付読売新聞紙面で羽毛田信吾元宮内庁長官は、「問題の本質はもはや「男系か女系か」ではなく、「天皇制をいかに存続させるか」にある」「男系で皇統をつないできた歴史は大切だという議論がある。江戸時代までの天皇の半数近くが側室との間の「非嫡出」だったという歴史もまたある。現在の皇室典範は側室を否定し、皇統を皇后との間の「嫡出」に限定した。少子化の流れを直視すれば、構造的な欠陥を認めざるを得ない状況」と述べ、現在の男系男子継承の在り方の限界を指摘し女性、女系天皇容認の検討へ進まざるを得ない現状を示唆している。その上で、「男系か女系かで二分される論点も民意にそって集約されるのが自然だ」としている。以上を踏まえて、質問する。

一 現在の政府の立場は、皇位継承問題について令和3年12月22日に取りまとめられた有識者会議の報告は尊重するが、平成17年11月24日に取りまとめられた有識者会議の報告は尊重しないというものなのか。後者については、引き続き内閣官房のホームページに概要が掲載されているが、これは今後とも皇位継承の安定に関する方策を検討するための指針の一つとしていくという意味においてのことなのか、別の目的があってのことなのか。
二 前記の羽毛田信吾元宮内庁長官が述べた「現在の皇室典範は側室を否定し、皇統を皇后との間の「嫡出」に限定した。少子化の流れを直視すれば、構造的な欠陥を認めざるを得ない状況」という認識に対して、首相はどのように受け止めるか。「構造的な欠陥」とは何で、そうであるならそれをどう改めることが有効だと考えるのか。
三 本年5月15日付読売新聞の提言では「女性天皇、女系天皇の容認」を皇統の存続を最優先に考えていく際に検討すべき課題として提起しているが、これは平成17年11月24日に取りまとめられた有識者会議報告にある皇位継承資格を「女子・女系への拡大は、社会の変化の中で象徴天皇制を安定的に維持する上で大きな意義」とされた結論と重なるものであり、今日的課題で在り続けていると考える。皇位継承の安定に向けて女性天皇、女系天皇の容認を検討の俎上から排除するのは適切ではないと思われるが、政府はどう考えるか。
 
 右質問する。

古代王権は男系・女系の両方が機能する双系であったとの歴史学説と高市早苗総理大臣の皇位継承についての考え方に関する質問主意書

令和7年12月12日提出
質問第178号

古代王権は男系・女系の両方が機能する双系であったとの歴史学説と高市早苗総理大臣の皇位継承についての考え方に関する質問主意書

提出者  たがや 亮

古代王権は男系・女系の両方が機能する双系であったとの歴史学説と高市早苗総理大臣の皇位継承についての考え方に関する質問主意書

 高市早苗総理大臣は、今年9月二12日の自民党総裁選立会演説会で、「今を生きる日本の政治家として次の二つ以上に大切なことはない」として「自衛隊の存在を憲法にきちんと書き込むこと」と共に、「世界に一つとして類例のない長い長いそれは長い継続をもってこられた皇統を男系で引き継いでいかれますよう、皇室典範を変える仕事」を挙げている。この総裁選に当たり、高市総理は産経新聞の単独インタビュー(9月二16日付)に応じて「男系の皇統維持は、天皇陛下への敬意と正統性の源」「百二十六代にわたり先人が男系皇統を守ってきた。男系皇統の維持は、祖先たちへの責任でもあり、未来への責任でもある」と述べている。
 また、かなり遡っての2006年1月二17日、衆議院予算委員会で質疑に立った際にも高市委員(当時)は、「男系の血統が百二十五代続いた万世一系という皇室の伝統、この伝統も恐らく天皇の権威というものの前提であったんだろうと、こう感じている」と述べ、安倍晋三官房長官(当時)に「この皇位が古代より百二十五代にわたって一貫して男系で継承され続けてきたことの持つ意味、それから、皇室典範第1条が男系男子による皇位継承を定めている理由」について問うている。
 一方で高市総理は「過去の男系の女性天皇を否定するような発言は絶対に避けたい」(前述、産経新聞インタビュー)とも述べているが、以上を踏まえるなら「皇位の男系継承維持」を皇統問題において重視していることは明らかだ。しかしながら、我が国の歴史学の中で説かれている学説や、そもそも「古事記」、「日本書紀」の研究においても常識となっている「欠史八代」などの事実に立てば、「百二十六代にわたる男系の皇統維持」は絵空事に過ぎない、歴史的事実としては否定された事象というべきものになってしまう。高市総理が表明した男系継承維持の考え方の根拠が崩れ去ることになる。
 まず、「欠史八代」とは「古事記」、「日本書紀」に記載されていても実存を裏付けるような事績がほとんどないために「実在性が低い」とされる第二代綏靖天皇から第九代開化天皇を指している。これだけで「男系の皇統維持」はおろか「百二十六代にわたる皇統」の一角が崩れるのだが、これは「神話と歴史的事実を峻厳して研究する」という歴史学では常識になっている。そして、これも我が国の歴史学の中では有力説として長く定着しているのであるが、第二十六代継体天皇よりも前は、男系継承ではなく男系、女系の両方が機能していた双系による古代王権であったとの学説である。代表的なものは1983年に刊行された吉田孝氏の「律令国家と古代の社会」である。
 吉田氏の論は要約すると「日本の古代社会には、父系、母系いずれの単系集団も存在せず、親族名称、婚姻制度などから想定される基層社会は双系的な性格が強い」「律令国家に移行する際も、父系出自集団を基礎とした中国律令の枠組みへ根本的に組み替えることはせず、中国律令の父系制的な規定を双系的に修正して採り入れた」ということになる。古代王権は当時の日本で支配的な双系的な古代家族制度を基礎としているという立場での研究は、その後も吉田氏の学説を足場に発展を続けていて、歴史学説として有力な地歩を得ている。
 こうした学説に立った皇統の歴史の考察は近年にも展開されており、義江明子氏が2021年に刊行した「女帝の古代王権史」は「魏志倭人伝」等の外国歴史文献に記録のある卑弥呼や推古天皇、持統天皇といった古代の女性統治者(女帝)に焦点を当てて古代王権史を検討し、「古代の天皇継承は男系にも女系にも偏らない双系的なものであった」ことを改めて結論付けている。
 因みにこれはよく知られたことであるが、「魏志倭人伝」などで伝えられた邪馬台国の女帝、卑弥呼はシャーマン(呪術者・預言者)的な役割を果たすと共にその弟が実務上の執政を担っていたとされており、女性、男性の二王による統治の姿が垣間見えるものとなっている。また、義江氏の古代王権史の検討によれば、皇統の系譜や即位過程を分析すると父系(男系)だけではなく、母系及び姻族関係を通じた継承が重視されており、近世以降にイメージされた「男系・万世一系」とはかけ離れた実態が浮かび上がるとされている。
 概して律令国家成立以降は、男系継承が重視されたと言えるが、それでも十代八人の女性天皇が生まれると共に、名古屋文理大学の栗原弘氏による研究論文「「日本霊異記」における家族形態について」(2001年)によると、日本における家族形態の双系制は根強く続き、律令国家に移ってかなり経った平安初期に至るまで「父系二世代同居家族は例外的」であり、支配的であったのは「双系制社会としての小家族形態」だったとの説が展開されている。これも歴史学会では有力説とされる。
 以上を鑑みるなら、高市総理が信条とする「男系継承維持」「百二十六代続いた男系という皇室の伝統」なるものは、歴史学会における文献学的分析や考古学的実績もふまえた実証的研究に立って唱えられている「古代王権は男系・女系の両方が機能する双系であった」との歴史学説の前では全く霧散してしまう論と言わざるを得ない。もちろん、高市総理の同信条も何がしかの学説などを信じて得たものなのであろうが、少なくとも学問の世界で圧倒的に有力な説となっている訳ではないことは明らかだ。
 実際、前述した2006年1月二17日の衆議院予算委員会での高市委員質問(「皇位が古代よりは百二十五代にわたって一貫して男系で継承され続けてきたことの持つ意味」「皇室典範第1条が男系男子による皇位継承を定めている理由」)に安倍官房長官は「憲法においては、憲法第2条に規定する世襲は、天皇の血統につながる者のみが皇位を継承するということと解され、男系、女系の両方がこの憲法においては含まれる」「これまでの男系継承の意義についてはさまざまな考え方があります。これは学問的な知見や個人の歴史観、国家観にかかわるものでございまして、私も官房長官として政府を代表する立場でございますので、特定の立場に立つことは差し控えさせていただきたい」と述べた上で、「政府としては男系継承が古来例外なく維持されてきたことを認識し、その事の重みを受けとめつつ、皇位継承制度のあり方を検討すべきものである」と答弁している。
 安倍長官の学説等において「特定の立場に立つ」と男系継承に関する高市委員の主張が評価されたことは重要で、政府のあるべき姿を示したと言える。この時の論議は、前年11月に「皇室典範に関する有識者会議」が「女性天皇、女系天皇容認」を提言した報告書を提出したことを受け、皇室典範改正が着手される前提で行われたものである。
 以上を踏まえて、質問する。

一 高市総理は、前述の指摘を受けて尚、政治家として「百二十六代にわたり先人が男系皇統を守ってきた。男系皇統の維持は、祖先たちへの責任でもあり、未来への責任でもある」との信条を維持するのか。 この信条は、いかなる歴史学あるいは皇室史研究に立脚してのものか。
二 前述の「男系継承」に関わる高市委員質疑に対する安倍長官答弁「これは学問的な知見や個人の歴史観、国家観にかかわるものでございまして、私も官房長官として政府を代表する立場でございますので、特定の立場に立つことは差し控えさせていただきたい」との立場について、高市総理は政府がとるべき姿勢として妥当と考えるか。
三 同じ予算委員会質疑で高市委員は天皇家の御長女・敬宮愛子内親王殿下が皇位継承され、その次に代を継がれていく場合を想定され、「女系の祖先は小和田家になる」としながら、「男系男子に限って正確に受け継がれてきた初代天皇のY染色体というものはそこで途絶」と発言している。そもそも古代の歴史でサンプルの取りようもない染色体レベルの話を皇位継承に持ち込んで「男系維持」の主張をすることは、はなはだ突飛な議論に思える。その上、ヒトの染色体でY染色体はほんのごくわずかを占めるものに過ぎない上、何代かを継ぐ中で原初のものは消失する場合が多いことが、遺伝子学の世界で知られている。国の根幹にかかわる皇位継承問題で高市総理がこうした突飛な論点をなぜ持ち込んだのか、その根拠、客観的な学問的裏付けを示されたい。
四 これまで繰り返し国会でも質問され、私も質問主意書で取り上げたことだが、2005年11月に「皇室典範に関する有識者会議」が提出した報告書で提起された皇位継承における「女性天皇、女系天皇容認」について、その意義を歴代総理大臣が否定したことはない。それは今日、「悠仁親王までの皇位継承順位まではゆるがせにしない」とした2021年末の「「天皇の退位等に関する皇室典範特例法案に対する附帯決議」に関する有識者会議」報告を受けた段階でも、将来的な「女性天皇、女系天皇容認」に含みを持たせた結論として、引き継がれているのか。確認されたい。
五 前項の「悠仁親王までの皇位継承順位まではゆるがせにしない」という内容で当面、男系男子継承にこだわり、天皇家の直系長子である敬宮愛子内親王を皇位継承から排除していくなら、やがて悠仁親王が皇位に就いたとしても次世代の継承者が生まれなかったりした上、女性皇族に目を向けても先の世代への継承者を考えられない状況が生まれかねないという危機的状況に直面する可能性があるのではないか。「皇統の維持」を最優先に考えるなら、20年前に「緊急の課題」として提起された「女性天皇、女系天皇容認」の方向での皇室典範改正を国会で諮り、敬宮愛子内親王の立太子と皇位継承を優先させ、引き続き悠仁親王に連なる秋篠宮家をはじめとする他の宮家が天皇家を支える重層的な皇室の在り方を実現する方が、皇族数の減少と少子高齢化社会の現実を踏まえればベストな方策と言えるのではないかと考えるが、政府の見解を示されたい。
六 2005年の「皇室典範に関する有識者会議」並びに2022年末に報告書が出された「「天皇の退位等に関する皇室典範特例法案に対する附帯決議」に関する有識者会議」においては、前出「双系」学説に立った学者、研究者の有識者ヒアリングが行われていない。これは実証的研究などに基づく歴史学研究の成果を軽視しており、皇位継承のあり方について検討していく上で望ましくない。今後政府や国会で議論していく上でも、これらの学説にも視野を広げるための方策としてヒアリングの場を設けていくべきではないか。
 
 右質問する。

ブータン王国に対する我が国の在外公館体制等に関する質問主意書

令和8年1月23日提出
質問第1号

ブータン王国に対する我が国の在外公館体制等に関する質問主意書

提出者  阪口直人

ブータン王国に対する我が国の在外公館体制等に関する質問主意書

 我が国は、南アジアに位置するブータン王国と長年にわたり友好関係を築いてきた。両国は、昭和61年3月28日に外交関係を樹立し、今年令和8年にはその四十周年という重要な節目の年を迎えることとなっている。政府及び両国関係者は、周年事業を通じて友好関係の一層の深化を図るべく、公式ロゴマークを決定するなど準備を進めている。
 ブータン王国は、国民総幸福量(Gross National Happiness:GNH)を国家運営の指針として掲げる独自の価値観を堅持し、持続可能な社会、精神的・社会的豊かさの重視等の理念を国際社会に提示してきた国である。この理念は、持続可能な開発やウェルビーイングを重視する我が国の外交理念とも親和性が高いと言える。
 また、両国は、皇室・王室の相互訪問をはじめ、人的交流、政府開発援助(ODA)等を通じて長年にわたり信頼関係を培ってきた。特に日本は、ブータンの社会・経済開発に対して長期にわたり支援を提供し、農業技術協力等を通じてブータン国内の発展に寄与してきた。
 しかしながら、現在、我が国はブータン王国に在外公館(日本大使館)を設置しておらず、インドに所在する日本国大使館が同国を兼轄する体制を取っている。そのため、両国関係の今後の発展に寄与し得る在外公館体制の在り方について検討する必要性が高まっていると考えられる。
 以上を踏まえ、政府に対し以下質問する。

一 政府は、ブータン王国に在外公館(日本大使館)を設置していない理由について、在留邦人数、経済関係、外交上の優先順位等、これまでどのような基準に基づいて判断してきたのか、その具体的内容を明らかにされたい。
二 政府は、ブータン王国が国民総幸福量(GNH)を国家運営の指針とする理念について、持続可能な開発、幸福度、ウェルビーイングを重視する国際的議論との関係でどのように評価しているのか。我が国外交における位置付けも含め、政府の見解を示されたい。
三 ブータン王国が中国との国境問題を抱える中で、同国を取り巻く地域情勢及び国際環境の変化について、政府はどのような認識を有しているのか。また、我が国として、軍事的手段によらず、外交・人的交流・開発協力等を通じて同国と関与していくことの意義をどのように考えているのか、答えられたい。
四 政府は、令和8年に日・ブータン外交関係樹立四十周年を迎えるに当たり、両国関係の一層の発展を図るための戦略的な外交体制の見直し(在外公館設置の可能性を含む)について検討を行っているのか。検討の有無及びその内容について明らかにされたい。

 右質問する。

旧皇室典範以来の皇族の養子縁組禁止の立法趣旨に鑑みた旧宮家男系男子の養子受入れ案に関する質問主意書

令和8年1月23日提出
質問第3号

旧皇室典範以来の皇族の養子縁組禁止の立法趣旨に鑑みた旧宮家男系男子の養子受入れ案に関する質問主意書

提出者  たがや 亮

旧皇室典範以来の皇族の養子縁組禁止の立法趣旨に鑑みた旧宮家男系男子の養子受入れ案に関する質問主意書

 昨年の首班指名選挙の前日にあたる10月20日に自由民主党と日本維新の会が結んだ連立合意では、「古来例外なく男系継承が維持されてきたことの重みを踏まえ、現状の継承順位を変更しないことを前提とし、安定的な皇位継承のため、皇室の歴史に整合的かつ現実的である「皇族には認められていない養子縁組を可能とし、皇統に属する男系の男子を皇族とする」案を第一優先として、令和8年通常国会における皇室典範の改正をめざす」と記載されている。
 この間、私は「国民の圧倒的多数は女性天皇容認」であることや、2005年11月に政府が受けた有識者会議報告書で「安定的で望ましい皇位継承のための方策」として皇位継承の「女子・女系への拡大は、社会の変化の中で象徴天皇制を安定的に維持する上で、大きな意義」があるとされていることも示しながら、国民の総意に基づく天皇の地位を継承するあり方については民意を尊重していくこと、すでに20年経った政府への有識者会議の提言を安定的な皇位継承を維持するための方策の検討の俎上に載せるべきと質問主意書で首相に問うてきた。しかし、前述の連立合意では、答弁などで「尊重する」としてきた2021年12月提出の「天皇の退位等に関する皇室典範特例法案に対する附帯決議」に関する有識者会議の報告書で前述「養子受入れ案」と共に提言されていた「女性皇族が婚姻後も皇族の身分を保持すること」については、まるで検討課題から落とすような扱いにも受け取れるくらい、「男系男子養子受入れ」に連立政権が傾倒するかの印象を受ける。私は、政府が引き続き否定していない2005年11月有識者会議報告書の皇位継承の「女子・女系への拡大」こそ、現状の皇室が置かれた状況、女性皇族の方々の御年齢等に照らして喫緊の課題であり、それに合わせて「旧宮家からの男系男子養子受入れ」よりも「女性皇族の婚姻後の皇籍維持」の課題の方こそ優先されるべきだと考える。それは、これ以上長期にわたり「女子・女系への皇位継承拡大」が遅らせられるならば、事実上、これが不可能となるのは明白だからだ。
 これに鑑みるなら、自民党と維新の連立合意は「男系男子継承」に拘泥するあまり、実際は一般国民である旧宮家から「血筋」だけを根拠に養子受入れをして人為的に皇位継承者を維持しようとするものにしか見えない。これは、かえって現在我が国が直面している少子化社会の現実の下で生じている皇統維持の危機を解決するどころか、皇位継承対象者の確保難を深刻化させ最終的には途絶えさせることにつながりかねないものである。まして、現在の憲法と社会規範、社会構造から考えた場合、「旧宮家男系男子の養子受入れ」は一部、昨年までの「全体会議」での議論でも明らかになったように、様々な問題点があり、特に憲法第14条の「社会的身分・門地による差別禁止」「貴族制度・特権の否定」などの平等規定に抵触する可能性が高いものと考える。また、そもそも旧皇室典範から皇族が養子を受け入れることは禁止されており、現皇室典範もその規定を受け継いでいるが、その立法趣旨の検討は有識者会議の報告書を見る限りされている形跡がない。皇統、皇位継承にとって、養子縁組の禁止がいかなる意義があったのか、しっかりと検討がなされるべきであるし、その上で疑義が残るものなら仕組みとして採用されるべきではない。以上の立場から、質問する。

一 「旧宮家の男系男子の養子受入れ」を検討するといっても、対象者が存在しなければ、無意味である。対象者は存在するのか。また、そうした人々は皇族となる意思はあるのか。よく全体会議などで「旧十一宮家の男系男子」という言葉も出たが、旧宮家には事実上、断絶しているところもある。どの旧宮家が男系男子の養子受入れに応ずるべきところと考えているのか。
二 旧皇室典範が皇族の養子縁組を禁じた趣旨について伊藤博文名義になる「皇室典範義解」では「宗系紊乱の門を塞ぐ」、すなわち皇統が混乱する入口を塞ぐとして、養子は人為(意思)で親子関係を作る制度である以上、皇位継承という出来るだけ人為の入り込まない枠組みを維持したい領域に持ち込むことは政治的思惑、家同士の争いなどを反映して継承順位や皇統の正当性に争いが生じる原因となること、「君臣の別」を明確にし、皇族身分を当事者の私的判断で増減させないことを挙げている。これが立法趣旨で、現皇室典範にも引き継がれたものと思われるが、これに照らすなら今日提起されている「旧宮家男系男子の養子受入れ」も、皇室制度維持には望ましくないのではないか。
三 昨年までの「全体会議」での議論の中で、「旧宮家男系男子の養子受入れ」については「憲法上の問題(第14条1項など)をクリアにする必要がある」と論点に示されると共に、いわゆる憲法第14条の「平等」規定に抵触するかどうかについては、内閣法制局が憲法適合性について許容的な答弁をしつつ、衆参両院の法制局が「許容論も違反論も両論が成り立ち得る」との趣旨の答弁をするという事態になっている。
 つまり、後者の立場に立つなら旧十一宮家の子孫の皇籍復帰を想定する皇室典範改正は、憲法第14条2項に抵触し得るということだが、この憲法規定の抵触問題について、いかなる見解を持っているか。
四 「天皇の退位等に関する皇室典範特例法案に対する附帯決議」に関する有識者会議の報告書では、旧宮家について「皇籍離脱後、長年一般国民として過ごしてきた」「現在の皇室との男系血縁が遠い」とし、ここから男系男子を養子受入れすることについて「国民の理解と支持を得るのは難しいという意見もある」と明記している。象徴天皇制は憲法上「国民の総意に基づく」ものであることから、国民の理解と支持が難しい制度変更は国民感情の面を含めて政治的に極めて不安定なものとならざるを得ないのではないか。
五 「天皇の退位等に関する皇室典範特例法案に対する附帯決議」に関する有識者会議の報告書は、本来標記「附帯決議」が「安定的な皇位継承を確保するための諸課題」について検討し結果を報告することが求められていたのに、「皇族数の確保」を目途とし「悠仁親王までの皇位継承順位はゆるがせにしない」としつつ「女性皇族の婚姻後の皇籍維持」「皇統に属する男系男子の養子受入れ」を課題として提案した。しかしながら、これを受けての国会外で行われた「全体会議」では、「養子受入れ」についてこれが「男系男子の皇位継承者」を確保する策であるかのような扱いに変わってきていた。そして、前述のように自民・維新の連立合意では女性皇族の問題よりもこちらを優先するという取決めをしている。これは2005年11月の有識者会議報告書で提案された「女系・女性天皇容認」「直系長子優先」の皇位継承への移行をただただ男系継承に固執して先送りする姿勢を示すものなのではないか。

 右質問する。

皇位の安定的な継承に関する質問主意書

令和3年4月8日提出
質問第94号

皇位の安定的な継承に関する質問主意書

提出者  山尾志桜里

皇位の安定的な継承に関する質問主意書

 3月二13日に開催された「天皇の退位等に関する皇室典範特例法案に対する附帯決議」に関する有識者会議につき、以下質問する。

一 有識者会議では、皇位継承の順位について、現在のまま変更しないという前提で議論することになるとの報道(朝日新聞3月二14日付朝刊四面「皇位継承、幅広く議論」に、「前提として現在の継承順位は変えない。」とあり。)がなされている。同会議を開催するに際し、皇位継承の順位について現状からの変更の是非について何らかの前提を置いているかいないか。
二 既に公表されている同会議の有識者ヒアリングでの聴取項目(案)十項目のうち問九「皇統に属する男系の男子を皇族とする」案について、①現行の皇室典範により皇族には認められていない養子縁組を可能とすること、②皇統に属する男系の男子を現在の皇族と別に新たに皇族とすること、との案が提示されている。昭和22年に皇籍離脱した、いわゆる「旧宮家」に限ることなく、その範囲を広げたようにも読み取れる。問九「皇統に属する男系の男子」とは、いわゆる「旧宮家」を意味するのか、「旧宮家」より広い範囲を意味するのか明らかにしていただきたい。仮に後者である場合には、いかなる判断基準でどこまでその範囲を広げるのかお答えいただきたい。
三 今後のスケジュールについて、報道によると、政府は今国会中にもヒアリングを終え、成果を国会に報告することとされている(産経新聞3月二14日付朝刊一面「旧宮家復帰含めヒアリング 皇位継承、有識者が初会合」に、「政府は6月に会期末を迎える今国会中にもヒアリングを終え、成果を取りまとめて国会に報告したい考えだ。」とあり。)。一方、年内をめどに論点を整理する方針との報道(朝日新聞前掲記事に、「政府は年内をめどに論点を整理する方針」とあり。)もなされている。他方、加藤勝信官房長官は、記者会見において、スケジュールありきではないと明言している(3月16日官房長官記者会見)。
 政府として、有識者会議のとりまとめ時期に関して方針を定めているのか。定めているならばその方針を明らかにしていただきたい。また、定めていないのであれば、いつ誰がどのように定めるのか。

 右質問する。

大嘗祭・即位禮に關する質問主意書

平成元年6月22日提出
質問第36号

 大嘗祭・即位禮に關する質問主意書

右の質問主意書を提出する。

  平成元年6月22日

提出者  滝沢幸助

          衆議院議長 田村 元 殿

大嘗祭・即位禮に關する質問主意書

 昭和天皇の御大喪も無事にすみ、國民はひとしく來るべき大嘗祭・即位の禮が、我國の歴史と傳統に照して誤りなく、且つ皇室を尊崇して止まない國民の念ひに適ふとともに、憲法等の法理に反しない方式において、然も嚴肅に執り行はれることを祈念してゐる。
 然るところ、過般の御大喪は、一部の反皇室勢力を恐れてか之を國事として一貫できず、大眞榊・鳥居の撤去など、非禮の謗りを免れ得なかったことは、誠に殘念である。
 ついては、來るべき兩祭儀に誤りなからむことを冀念して、以下質問する。

一 大嘗祭・即位の禮の時期について
 1 今上天皇の大嘗祭は古例によれば諒闇明けの秋(11月)に行はれるべきであるが、之を具體的に表明すれば平成2年11月となる、と解してよいか。
 2 また大嘗祭と一體不二の關係にある即位の禮は、能ふ限り、盛大且つ華麗に行ふを宗とすべきであり、一方、大嘗祭は、清淨にして嚴肅なるをよしとされることから、兩祭儀は切り離し、適當の期間を置くべきであるとの意見は柳田國男の説以來今日まで行はれてゐる。
   又、此の説とは別に、後述の二と關聯して我國の今日的状況下にあっては、先行されるべき「國事としての即位の禮」に對し、「皇室の行事」としての大嘗祭が輕視される惧れなしとしないとの實際論から、兩祭儀は引續き行ふ以外なしとの有力な意見もある。
   政府は果して如何なる見解と方針を持つか伺ひたい。
二 大嘗祭・即位の禮の場所について
  次に、これが執行の場所については、明治以來、東京説と京都説の二説がある。舊皇室典範は即位の禮及び大嘗祭は京都にて行ふ旨明記してをり、新典範にはこの表記がない。
  思ふに大嘗祭は、その成立の歴史的經緯と本來的意義からして、王城の地において齋行されるべきであり從って東京であるべく、又、即位の禮も同樣に東京であるべしと考へるが、政府としては、この兩祭儀を、それぞれ何處で行はむとしてゐるか伺ひたい。
三 兩祭儀の根本的意義について
  さて最も重要肝腎な問題は、兩祭儀の歴史的・國家的意義づけである。
  前文にも述べた如く、先の大喪の禮は一連の儀式のうち、葬場殿の儀を皇室行事として行ったが、數ある皇室祭儀のうちでも大嘗祭は別格の重き意義を有してゐる。そもそも成立の經緯からして、大嘗祭は國事以外では決して有り得ず、之は新嘗祭が皇室祭祀であるにとどまってゐるのとは基本的に異なっている。
  既に、新帝陛下の踐祚に伴ふ劍璽渡御の儀が國事として執り行はれたことでもあり、大嘗祭は斷じて國事として行はるべきと考へる。
  勿論、大嘗祭の齋行については國事論の外に、皇室公事論、皇室私事論等が世に行はれてゐるが、私事論はさて置くとして、前二論のいづれを政府はとるか。この際、明確にされたい。
四 皇室典範について
  そもそも天下無雙の重儀たる大嘗祭に關して、かくの如き質問を敢てせざるを得ないこと自體が、國家的不幸と云ふべきである。
  而してその原因は實に皇室典範の不備にある。
  ついては此の際、典範の改正をなし、後々のため備ふべきではないか。政府の方針如何。
 右質問する。

宮内庁に管理されている古墳の祭祀と調査に関する再質問主意書

平成22年6月14日提出
質問第585号

宮内庁に管理されている古墳の祭祀と調査に関する再質問主意書

提出者  吉井英勝

宮内庁に管理されている古墳の祭祀と調査に関する再質問主意書

 皇室の先祖や皇室関係者が葬られているとして、宮内庁が管理している古墳が多数ある。これらは陵墓や陵墓参考地とよばれ、宮内庁によって「陵墓の静安と尊厳の保持」等を理由に学術研究目的であっても自由な立ち入りが拒まれている。陵墓では皇室によって、式年祭等の祭祀が行われている。本年6月3日に提出した前回質問主意書(質問第535号)で、陵墓の祭祀の一つである式年祭について質問したが、答弁書は「詳細については、お答えを差し控えたい」というものであった。
 よって、次のとおり質問する。

(一) 陵墓(以下、陵墓参考地を含む)として管理している古墳の「静安と尊厳の保持」とはいかなる概念か、具体的に答えられたい。
(二) 奈良県広陵町の新山古墳は1885年に竪穴式石室が開口し、大まかな調査が行われた。大阪府藤井寺市の津堂城山古墳は1912年に石室が開口し、長持型石棺が姿を現して大まかな調査が行われた。大阪府羽曳野市と松原市にまたがる河内大塚山古墳の前方部には、かつて西大塚村と東大塚村という集落が存在していた。
 現在、これら三つの古墳は陵墓参考地として宮内庁に管理され、「静安と尊厳の保持」等を理由に立ち入りが制限されているが、陵墓参考地になったのは、それぞれいつか。西暦で答えられたい。
 また、陵墓参考地にされるまでの「静安と尊厳」はどのようにして保持されていたのか、明確にされたい。
(三) 答弁書によれば、陵墓への立ち入りを禁じる旨の看板は1873年11月2日の太政官達以降設置しているとのことだが、この太政官達は現在も効力を持っているのか。
(四) 古文書や行政記録文書によって、かつて盗掘が行われ石室が開口し、副葬品も持ち出されたことが明らかになっている陵墓であれば、改めて学術的観点から調査を行っても差し支えないのではないか。
(五) 式年祭の詳細について、答弁ができないとする合理的根拠を示されたい。
(六) 本年2月13日、大阪府堺市の田出井山古墳で「反正天皇の千六百年式年祭」が行われた。また、4月1日には、大阪府羽曳野市の誉田御廟山古墳で「応神天皇の千七百年式年祭」が行われた。宮内庁が提出した資料によると、反正天皇陵式年祭には、以下の二十七名の公務員が参列者として列挙されている(敬称略)。
 国土交通省近畿地方整備局長・上総周平    大阪府教育長代理・向井正博
 堺市長・竹山修身              堺市市議会議長・星原卓次
 堺市市議会副議長・高岡武汪         堺市副市長・田村恒一
 堺市教育委員会委員長・坂之上清以彌     堺市教育長・芝村巧
 堺市博物館長・中西進            堺市市長公室室長・藤木博則
 堺市市長公室理事・溝口勝美         堺市三国ヶ丘小学校校長・小山久子
 宮内庁次長・風岡典之            宮内庁京都事務所所長・北啓太
 宮内庁京都事務所次長・安田勉        宮内庁京都事務所管理課長・湯本順一
 宮内庁正倉院事務所所長・杉本一樹      桃山陵墓監区事務所所長・辻井忠則
 桃山陵墓監区事務所・竹村哲也        畝傍陵墓監区事務所所長・今西良孝
 畝傍陵墓監区事務所・伊藤繁和        月輪陵墓監区事務所所長・舟瀬利昭
 月輪陵墓監区事務所・上田良範        古市陵墓監区事務所所長・椋本武
 皇宮警察京都護衛署署長・弓取隆司      皇宮警察京都護衛署副署長・上島博樹
 宮内庁書陵部陵墓課長・和地國夫
 同じく、応神天皇陵式年祭には、以下の二十二名の公務員が参列者として列挙されている(敬称略)。
 大阪府議会議長(代理)・阪倉久晴      羽曳野市長・北川嗣雄
 羽曳野市議会議長・樽井佳代子        羽曳野市議会副議長・金銅宏親
 羽曳野市副市長・藤田忠           羽曳野市副市長・寺西正和
 羽曳野市教育委員長・金銅晃         宮内庁管理部長・鈴木武
 宮内庁京都事務所長・北啓太         宮内庁京都事務所次長・安田勉
 宮内庁正倉院事務所長・杉本一樹       宮内庁正倉院事務所保存課長・成瀬正和
 桃山陵墓監区事務所長・辻井忠則       桃山陵墓監区事務所職員代表・今出伸一
 畝傍陵墓監区事務所所長・今西良孝      畝傍陵墓監区事務所職員代表・池谷浩行
 月輪陵墓監区事務所長・舟瀬利昭       月輪陵墓監区事務所職員代表・西村英樹
 古市陵墓監区事務所長・椋本武        皇宮警察京都護衛署副署長・上島博樹
 寛仁親王付主査・小倉親志          寛仁親王付・瀧川智恵
 陵墓における祭祀は、皇室の私的な行為とされている。皇室の私的な行為である陵墓の祭祀に、公務員が参列することについて、憲法にもとづく政教分離の原則との関係をどのように扱っているのか。
(七) 陵墓参考地になっている古墳では、皇室によって祭祀は継続して行われているのか。行われているとすれば、いつ何が行われているのか。祭祀の日は何によって決めたのか。行われていないのであれば、その理由は何か。明らかにされたい。
(八) 陵墓参考地で祭祀が行われていないのであれば、宮内庁による古墳への立ち入りの「規制」を解き、学術的観点から調査を行うことは可能ではないか。
(九) 宮内庁によれば、ヤマトトトヒモモソヒメは孝霊天皇の娘であるといわれ、最古級の前方後円墳・箸墓古墳(奈良県・桜井市)に埋葬されているという。孝霊天皇が埋葬されているといわれる「片丘馬坂陵」が、奈良県北葛城郡王寺町に所在しているのは承知しているが、その陵は古墳か否か。いつ築造されたのか。改めて問う。あわせて「片丘馬坂陵」の立地、形状、大きさを示されたい。
(十) 答弁書によれば、「孝霊天皇は孝元天皇六年に葬られた」旨あるが、「孝元天皇六年」とは西暦何年か。宮内庁の見解を述べられたい。
(十一) 御陵墓伝説地から陵墓参考地への変遷は、どのようになされたのか。また、陵墓参考地の法令上の根拠を明示されたい。
(十二) 奈良県広陵町の前方後円墳・新木山古墳について、答弁書では「その墳丘の規模等により皇室関係者が埋葬されていると考えられたことから、明治19年に御陵墓伝説地となり、現在は陵墓参考地として管理」とある。墳丘の規模がどういう状況であれば皇室関係者が埋葬されていると考えていたのか、その基準を示されたい。
 また、宮内庁が新木山古墳に埋葬されていると考えている皇室関係者とは、具体的に誰なのか。
(十三) 答弁書では「新木山古墳で行う予定の事前調査については、地元教育委員会から同時調査の要望は受けていない」旨あるが、堺市の百舌鳥御廟山古墳で実施したような同時調査の要望が地元教育委員会から出されれば、これを受け同時調査を行うべきではないか。
(十四) 答弁書では「宮内庁においては、陵墓の副葬品は管理していない」とある。前回質問主意書の冒頭で、「陵墓(陵墓参考地含む、以下同じ)」と記述し、陵墓には陵墓参考地を含んでいることを条件づけて質問している。
 奈良県広陵町の前方後方墳・新山古墳の竪穴式石室からは大量の銅鏡や玉類が出土した。現在、宮内庁が陵墓参考地として管理し、出土品も宮内庁が所蔵・管理していると思うが、新山古墳の竪穴式石室から出土した銅鏡等の出土品は、副葬品ではないのか。新山古墳の出土品は宮内庁の管理から外れたのか。
(十五) 新山古墳について、答弁書では「その副葬品等により皇室関係者が埋葬されていると考えられたことから、明治19年に御陵墓伝説地となり、現在は陵墓参考地として管理」とある。新山古墳からは、直弧文鏡や三角縁神獣鏡をはじめ大量の銅鏡や玉類が出土しているが、副葬品の全容が判明していないともいわれる。宮内庁が所蔵・管理している新山古墳出土品の名称と点数を、それぞれ明らかにされたい。
(十六) 戦後、新山古墳と同様に三十数面の三角縁神獣鏡をはじめ大量の銅鏡が出土した椿井大塚山古墳(京都府木津川市)、同じく三十数面の三角縁神獣鏡等が出土した黒塚古墳(奈良県天理市)等、大量の銅鏡が出土した古墳でも陵墓や陵墓参考地にならず、宮内庁の管理下に置かれていない。戦前の帝国憲法下にあっては、大量の銅鏡や玉類が出土すれば、その古墳は御陵墓伝説地になるように定められていたのか。
 また、宮内庁が新山古墳に埋葬されていると考えている皇室関係者とは、具体的に誰なのか。
(十七) 本年2月二15日の衆議院予算委員会第一分科会での質疑で、宮内庁の本田清隆書陵部長から「陵墓を適切に管理・保存・保護して、次の世代に伝えていくことも非常に重要な使命である」旨の答弁があった。しかし、地下に埋没して現在は地表から見えない濠(堤含む、以下同じ)の範囲や、陵墓として管理されていない濠の範囲で史跡に指定されていない部分では乱開発が進んでいて、現状保存は不十分な状況ではないのか。墳丘と周濠とが一体となった形での古墳全体の保存・保護は十分に行われているのか、認識を問う。
(十八) 最近では堺市の田出井山古墳(宮内庁による反正天皇陵)の後円部側で、埋没している外濠の一部が調査後に民間開発によって破壊された。奈良県奈良市のウワナベ古墳(宮内庁による陵墓参考地)の外濠の一部は、調査後に国道二四号線の拡幅工事に伴い破壊された。また、ウワナベ古墳は内濠部分の地下に高速道路(京奈和自動車道)が建設される計画がある。ウワナベ古墳の西側のコナベ古墳(陵墓参考地)では、外濠部分の一部を破壊し航空自衛隊幹部候補生学校が建っている。これらはごく一例であるが、古墳の埋没周濠の破壊や内濠直下の掘削工事計画について、どういう認識を持っているか。
(十九) 地表から見えない埋没周濠の保存・保護を十分に行うためには、埋没周濠の存在を明らかにし、あわせてその範囲を確定することが必要と考えられるがどうか。
(二十) 次にあげる古墳それぞれについて(*は宮内庁の呼称)、①地表から周濠は目視できないものの、調査によって周濠の存在が確認されているもの、②地表から目視できる周濠の外側に、調査によって外濠が確認されているもの、③それ以外――のどれが該当するか、文化庁の認識を明らかにされたい。なお、③に該当するものがあれば、その内容を具体的に示されたい。
 田出井山古墳(*反正天皇陵)大阪府堺市
 大山古墳(*仁徳天皇陵)大阪府堺市
 ミサンザイ古墳(*履中天皇陵)大阪府堺市
 土師ニサンザイ古墳(*東百舌鳥陵墓参考地)大阪府堺市
 百舌鳥御廟山古墳(*百舌鳥陵墓参考地)大阪府堺市
 仲津山古墳(*仲津山陵)大阪府藤井寺市
 市野山古墳(*允恭天皇陵)大阪府藤井寺市
 岡ミサンザイ古墳(*仲哀天皇陵)大阪府藤井寺市
 ボケ山古墳(*仁賢天皇陵)大阪府藤井寺市
 前の山古墳(*白鳥陵)大阪府羽曳野市
 高屋城山古墳(*安閑陵古墳)大阪府羽曳野市
 誉田御廟山古墳(*応神天皇陵)大阪府羽曳野市
 白髪山古墳(*清寧天皇陵)大阪府羽曳野市
 河内大塚山古墳(*大塚陵墓参考地)大阪府羽曳野市・松原市
 五社神古墳(*神功皇后陵)奈良県奈良市
 佐紀陵山古墳(*日葉酢媛陵)奈良県奈良市
 佐紀高塚古墳(*称徳天皇陵)奈良県奈良市
 市庭古墳(*平城天皇陵)奈良県奈良市
 ウワナベ古墳(*宇和奈邊陵墓参考地)奈良県奈良市
 コナベ古墳(*小奈邊陵墓参考地)奈良県奈良市
 ヒシアゲ古墳(*磐之媛陵)奈良県奈良市
 行燈山古墳(*崇神天皇陵)奈良県天理市
 渋谷向山古墳(*景行天皇陵)奈良県天理市
 西殿塚古墳(*衾田陵)奈良県天理市
 箸墓古墳(*大市墓)奈良県桜井市
(二十一) 昨年6月二19日に提出した質問主意書(質問第611号)において、都市防災の観点から大山古墳(堺市)や誉田御廟山古墳(羽曳野市)で見られる巨大地震の痕跡に関する調査の必要性を求めた。答弁書において「国又は地方公共団体から陵墓立入調査の要請があれば、検討することもあり得る」旨の見解が示された。宮内庁に対し、実地調査の要請を行うべきではないか。内閣府、消防庁の見解を問う。
(二十二) 前回質問主意書において、静岡県沼津市で発見された辻畑古墳の現状保存について問うたが、答弁書では「その取扱いを判断するため、調査結果を踏まえた学術的な検討が行われる」とあった。取扱いの判断について、いつまでに行うと聞いているか。
 右質問する。

皇室財産への課税等に關する質問主意書

平成元年6月16日提出
質問第29号

 皇室財産への課税等に關する質問主意書

右の質問主意書を提出する。

  平成元年6月16日

提出者  滝沢幸助

          衆議院議長 田村 元 殿

皇室財産への課税等に關する質問主意書

 先帝の崩御に伴ひ繼承された、いはゆる皇室財産に對し相續税を課することは、皇室の無私廣大な慈愛を敬尊して止まない國民感情に反するとともに、皇室の歴史的・精神的意義を否定する制度であり廢止されるべきである。
 これは、昭和20年11月占領軍による皇室財産凍結令に端を發した思想で、速かなる是正を求める聲は國民のうちに滿ち充ちてゐる。
 よって、政府の對策を促すため質問する。

一 皇室はもとより姓氏を有せられず、御名は皇統譜に列せられるのみで、國民及び市(都)民としての戸籍に登されることはない。
  從って選擧權・被選擧權をはじめ、いはゆる國民の權利義務は一切持たれてゐない。然るに、ひとり相續税のみを課することはその法理論的根據を見出し難い。所見如何。
二 いはゆる皇室財産中、課税されるべきものと、課税されないものとの區別を問ふ。
  その根據が皇室經濟法第七條にありとすれば、「由緖ある物」の由緖の有無を判斷するは誰人であるか。明答されたい。
三 この課税は一般國民それと等しく陛下の御申告によるものであるか。如何。
四 もし然りとすれば、その申告に誤りがあり、或いは過少でありとする場合には、一般國民のそれの如く修正申告を求めるか。
  もし納期内に完納されないことがあれば、如何なる措置をとり得るか。一般國民に對する如く督促状を發し、或いは差押を行ふか。
  これらのことを考へる時、この課税はまことに實際的でない。所見如何。
五 右によって課せられた納税はいづれの豫算より支拂はれるか。6月14日衆議院法務委員會における宮内庁宮尾次長の答辯の如く、相續財産の中より支拂ふとすれば、今後幾代か皇位が繼承さるるに及び皇室が無財産になられる事態なしとしない。それで良いか。
六 以上各項に記述した如く、そもそも國民としての義務と權利を有せられず、ことに職業選擇の自由を持たれぬ皇室に對し、一般國民と同じ法を適用することが基本的に誤りであると思考するが、見解如何。
七 ここに政府は、速かに皇室經濟法及び相續税法その他必要な法の改正等を通じ、我國の歴史と、國民感情に照して馴染まない皇室への課税を廢止すべきである。所見如何。
 右質問する。

大喪儀竝びに皇位繼承儀禮に関する質問主意書

平成元年2月7日提出
質問第5号

 大喪儀竝びに皇位繼承儀禮に関する質問主意書

右の質問主意書を提出する。

  平成元年2月7日

提出者  滝沢幸助

          衆議院議長 原 健三郎 殿

大喪儀竝びに皇位繼承儀禮に関する質問主意書

 來る大喪儀について、國民の間に種々論議が展開されてゐるが、このこと自體、既に亡き陛下に對して誠に申譯ないことと言はなければならない。かうした中で1月二14日、政府は大喪儀の實施に關する方針を明らかにした。これまでの經緯からして、葬場へ鳥居が敷設されることになったなどいくつかの点については政府の努力を多とするも、「葬場殿の儀」は皇室の行事とし、「大喪の禮」は國の儀式として行ふなど、尚疑念が殘るので、この際左記の通り質問する次第である。併せて、改元など既に實施された皇位繼承儀禮についても質問したい。

一 「葬場殿の儀」を憲法の政教分離原則に反するといふことで國事となしえない理由を明確に示されたい。
二 昭和34年の新帝陛下の御結婚の儀は、「賢所の儀」も含め國事として行はれ、そのことについて、當時の宇佐美宮内庁長官は國會において、政教分離には違反しないと明確に答辯してをられる。「賢所の儀」が國事として實施されても政教分離違反とならず、「葬場殿の儀」が國事だとすれば問題とされると考へてをられることについての整合性について明確な説明をされたい。
三 國や地方公共團體の主催する儀式などが全く宗教とかかはってはいけないものではないとする最高裁判決(津の地鎭祭訴訟、山口の殉職自衛官合祀訴訟)の尊重と今回の「大喪の禮」における宗教色の排除との關係について、政府はいかなる見解を持たれてゐるのか示されたい。
四 鳥居、大眞榊を「大喪の禮」の際撤去する理由を示されたい。その際、日像纛旛や葬場殿の建物などその他の施設や表象物とはいかなる根據をもって區別されたのかを明らかにされたい。
五 鳥居と大眞榊の前で「大喪の禮」を實施したとしても、昭和60年8月15日、中曾根首相が實施した靖國神社公式參拜方式と大差なく、いはゆる政教分離原則には抵觸しないと考へるが、政府の見解を示されたい。
六 鳥居や大眞榊の撤去は、喪主であられるとともに國事行爲をなされる新帝陛下の御許可は得られたか。又は御許可を得られる豫定であるかについて明答されたい。
七 崩御直後の皇位繼承儀禮において次のごとく傳統的名稱が變更されたり、使用されなかったりしたが、その理由を明確に示されたい。
 ① 「剣璽渡御の儀」が「剣璽等承繼の儀」と變更されたことについて
 ② 「踐祚後朝見の儀」が「即位後朝見の儀」に變更されたことについて
 ③ 全般的に「踐祚の儀」の名稱が使用されなかったことについて
八 新元號選定に際して、官房長官發表以前に新帝の御聽許は戴いたのか。戴いたとしたならば、何故そのことを公表しないのか、理由を示されたい。
 右質問する。