平成22年6月11日受領
答弁第535号
内閣衆質174第535号
平成22年6月11日
内閣総理大臣 菅 直人
衆議院議長 横路孝弘 殿
衆議院議員吉井英勝君提出宮内庁に管理されている古墳の祭祀と調査に関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。
衆議院議員吉井英勝君提出宮内庁に管理されている古墳の祭祀と調査に関する質問に対する答弁書
(一)について
御指摘の「見解」については、昭和52年3月22日の衆議院内閣委員会において野本宮内庁書陵部長(当時)が「陵墓として静安を保ち尊厳を維持するということに第一に重点を置いて管理している」と答弁しているほか、同趣旨の答弁を累次行っている。また、御指摘の「生きた墓」とは、陵墓等のことを、現に祭祀が継続して行われているという趣旨で比喩的に述べたものである。
(二)について
お尋ねについては、陵墓等への立入り等を禁じる旨の看板を陵墓等に掲示することを命じた明治六年11月2日の太政官達以降、設置している。
(三)及び(四)について
国有財産法(昭和23年法律第73号)第9条の五においては、「各省各庁の長は、その所管に属する国有財産について、良好な状態での維持及び保存、用途又は目的に応じた効率的な運用その他の適正な方法による管理及び処分を行わなければならない。」と規定されている。
宮内庁としては、その所管に属する同法第3条第二項第3号に規定する皇室用財産である陵墓等について、天皇及び皇族を葬る所であり、静安と尊厳の保持が最も重要とされるという陵墓等の本義にかんがみ、同法第9条の五の規定に基づき、適切に管理している。
(五)について
陵墓等及び出土品の管理については、宮内庁の所掌事務の一環として、所要の予算をもって適切に行っている。
また、祭祀は皇室が行っているものであり、その経費については、先の答弁書(平成21年7月6日内閣衆質一七一第611号)(七)についてでお答えしたとおりである。
(六)及び(八)から(十二)までについて
式年祭は、皇室において、その伝統に基づいて、歴代天皇や皇族の方々を祭るために行われているものであり、宮内庁は宮内庁法(昭和22年法律第70号)に基づき、そのお世話を行っている。
皇室の行事である式年祭の詳細については、お答えを差し控えたい。
(七)について
陵墓等は、天皇及び皇族を葬る所として、国有財産法上の皇室用財産として宮内庁が管理し、これに要する経費を宮廷費から支出しているものであり、このことについて憲法上の問題があるとは考えていない。
宮内庁が支出した陵墓等の維持管理等に必要な経費の金額は、平成17年度は約二千六百七十一万六千円、平成18年度は約二千三百二十万七千円、平成19年度は約二千二百八十六万二千円、平成20年度は約三千二百五十七万三千円、平成21年度は約二千百九十八万円である。なお、平成16年度以前については、会計書類の保存期間が経過していることから、お答えすることは困難である。
(十三)及び(十五)について
平野内閣官房長官(当時)は、本年2月二15日の衆議院予算委員会第一分科会において、御指摘のとおりの答弁を行っている。
宮内庁書陵部陵墓課においては、陵墓等に関する様々な学説があることも踏まえて、調査及び考証に当たっている。なお、御指摘のような内規や規程等は設けられていない。
(十四)について
「日本書紀」には、孝霊天皇は孝元天皇六年に片丘馬坂陵に葬られた旨記述されているが、御指摘の「箸墓古墳」の築造年次や倭迹迹日百襲姫命の埋葬年次に関する記述は認められない。
また、片丘馬坂陵は、奈良県北葛城郡王寺町本町三丁目に所在している。
(十六)について
御指摘の「陵墓の立入りの取扱方針」においては、学術研究者を陵墓等への立入許可の対象としており、学術研究者に該当するのであれば、国会議員による立入りを排除するものではない。
(十七)について
文化庁としては、御指摘の「誉田御廟山古墳」の被葬者については、学術的には確定していないものと承知している。
(十八)について
御指摘の史跡の名称については、先の答弁書(二十七)についてでお答えしたとおりである。
また、一般的に、史跡の名称を変更する必要が生じる場合としては、ある史跡に、その周辺で新たに確認された遺跡を追加指定する際に、その史跡の名称をより適切に示す必要が生じる場合などがある。
(十九)及び(二十)について
史跡に指定されていない外濠・外堤に想定される部分については、文化財保護法(昭和25年法律第二百十四号)にのっとった措置として、大阪府教育委員会、羽曳野市教育委員会及び藤井寺市教育委員会が、開発行為に伴う事前の発掘調査等を実施しているところであり、文化庁としては、今後、これらの調査結果を踏まえて、土地所有者等の財産権に配慮しつつ、史跡への追加指定について検討すべきものと考える。
また、既に史跡に指定されている外濠・外堤及び史跡に指定されていない外濠・外堤に想定される部分における発掘調査の件数については、当該調査を実施した大阪府教育委員会、羽曳野市教育委員会及び藤井寺市教育委員会からは、現段階で把握できたものは七十五件であると聞いている。これらのうち二十五件において外濠・外堤の遺構が検出され、そのうち現状保存されたものは十九件であると聞いている。なお、お尋ねの「配置」については、既に史跡に指定されている外濠・外堤及び史跡に指定されていない外濠・外堤に想定される部分のほぼ全域にわたるものと聞いている。
(二十一)について
三吉陵墓参考地においては、平成23年度に外構柵整備工事を予定しており、その適切な工法を検討するに当たり、事前に遺構・遺物の確認を行うための調査を行うものである。
(二十二)について
三吉陵墓参考地については、その墳丘の規模等により皇室関係者が埋葬されていると考えられたことから、明治19年に御陵墓伝説地となり、現在は陵墓参考地として管理している。また、その築造時期は、一般には古墳時代中期と考えられている。
(二十三)について
三吉陵墓参考地において予定している事前調査については、地元教育委員会から同時調査の要望は受けていない。
なお、調査の結果については、「書陵部紀要」において公表する予定である。
(二十四)について
大塚陵墓参考地については、その副葬品等により皇室関係者が埋葬されていると考えられたことから、明治19年に御陵墓伝説地となり、現在は陵墓参考地として管理している。また、その築造時期は、一般には古墳時代前期と考えられている。
(二十五)について
仮定の御質問にお答えすることは差し控えたい。
(二十六)について
陵墓の副葬品については、皇室の私有財産と考えている。
(二十七)について
宮内庁においては、陵墓の副葬品は管理していない。
(二十八)について
御指摘の「辻畑古墳」については、沼津市教育委員会において開発行為に伴う事前の発掘調査を実施しているところであり、今後、その取扱いを判断するため、調査結果を踏まえた学術的な検討が行われると聞いている。